小説へ 

次へ

男の純情(ある意味病的)

プロローグ


「廃部?」
 海に向かい正拳突きを放つ空手着の集団を背景に、八神はオウム返しした。
 あごひげをさすりながら顧問がうなずく。八神をわざわざ浜辺まで呼び出した張本人だ。長い黒髪を一束にし、鉢巻を巻いた六十前の男は、修験者には見えても教師には見えない。胸元にちらつくロザリオが何とも胡散臭い。
「お前らの所属する、あー……映画研究所は」
「映画研究部です」
 八神は即座に答える。平坂仁――この顧問の名前だが――はまたうなずいた。壮年期を過ぎた渋みのある声で続ける。
 二十余人の回し蹴りが寸分のずれもなくそろって半月を描く。軸足にかかる波しぶきをすがすがしげに見ながら、仁先生は言葉を切った。八神は、空手部員たちを恨めしく思った。
「今年度の会議で、部員が三人未満になった部活は、廃部の措置をとることになったのだ」
「くぇっ」
 えっと言おうとして喉がつっかえ、変な声が出てしまった。仁先生が目を見開く。八神は一つ咳きをしてその場をごまかす。
 仁先生は、臙脂色をした胴着の袖に手を入れて組むと、少ししてから話を再開した。
「ここまで言えば賢いお前なら察していると思うが、来年、新入部員がなければ、お前らの部活は廃部になってしまう。ところで、今年の新入部員は何人だった?」
「……一人です」
「去年、お前の入部した年はどうだった」
「……一人です」
「もうここ何年も、映画研究部には毎年一人か二人の部員しか入らない。ひどいときは新入部員ゼロの年もあった。来年、部員が入る保証がないということだ」
 八神は目を泳がせる。顧問の言うとおり、このままでは映画研究部の存続すら危うい。現在、三年の烏丸部長が引退したら、次に引き継ぐのは八神である。自分の代で部活を潰すのは絶対にいやだった。
「――というわけだから、今から来年の部活動レクリエーション対策を考えておくこと。決して早すぎるということはないぞ。一年かけてじっくり熟成させるのだ。烏丸に言おうとも思ったが、来年の話だし、お前のほうがよいだろう。以上」
 それだけ言うと、仁先生はさっさと空手部のほうへ歩き出した。八神は思わず胴着を引っ張った。
「ちょっと待ってください」
 さくさくと地下足袋で浜辺に足跡を付けるのをやめて、こちらを振り返る。
「仁先生は、協力してくれないのですか」
 顧問は、彫像のような険しい顔を変化させることもなかった。奇声を上げながら技を繰り出す空手少年たちを指さす。
「わしは顧問を空手部と掛け持ちしている。わが校の空手部は全国大会でも入賞する強豪だからな、稽古に力を抜くわけにはいかぬのだ」
 映画研究部など眼中にないということか。あまり感情的にならない八神がいつになく赤くなる。
「具体的な案を出すわけでもなく、たったそれだけを告げるためにわざわざ浜辺まで呼び出したのですか!」
 思わず叫ぶと、一瞬、先生は目を見開いたが、すぐに達観した表情に戻った。そして、裾を振りほどき捨て台詞。
「わしは映画には詳しくないし、お前らが勝手に考えたほうがうまくいくだろう」
 
 それがすべての始まりだった。
 

次へ

ホームへ戻る ホームへ

 小説へ