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男の純情(ある意味病的)

エピローグ


 制服をびしょびしょにしてしまった八神は、翌日、中学時代の学ランを偽装して通学することになった。
 城戸先生は昨日のことなどなかったかのように、あまりにも普通な振る舞いで、逆に怖かった。白鷺学園は、クラス替えがない。三年になっても毎日この人と顔を付き合わせなければならないと思うと、登校拒否になりそうだ。
「城戸先生、あれは相当狸ですね」
「部活内にも狸や狐が混じっていそうだがな」
 三人しかいない部活に、そんなに獣が混じっていたらたまらない。烏丸に目線でそう訴えた。
 部室に集合したはいいが、昨日の今日で疲れていたので、部活にならなかった。三人とも椅子に根を張り机に葉を伸ばしていただけだった。城戸の奇襲でおじゃんになった映画試写会は、明日に回して、五時過ぎには解散となった。
 八神は部室を出て下駄箱を過ぎて自転車小屋から自転車を引きずり校門まで来た。
「八神」
 ひょいっと夏樹が現れる。校門前で待っていたらしい。
「夏樹さん、今日は早いね」
「早く切り上げちゃった。ね、一緒に駅まで歩いてくれない?」
「いいよ」
 並んで歩く。夏樹がぽつりと言った。
「本当だったね。八神の言っていたこと」
「ん?」
「城戸先生のこと。冷たくしてごめんね」
 八神の言ったホラは、結果的に本当になった。城戸の裏切りにより夏樹と仲直りできたといって過言ではない。
 このまま黙ってうなずいておけば、それで丸く収まるだろう。
 だが。それではいけない。けじめはつけないと、二度と胸を張って彼女の瞳を見られなくなる。
「違うんだ」夏樹が立ち止まる。
「あの時のは、全部俺のでまかせなんだ。ついカッとなって、ありもしないこと並べ立てて。城戸先生が陰謀を企んでいたのはたまたま真実だったけど、俺が嘘ついたのは変わらないよ」
「そうだったんだ……でも、結局本当だったし……女生徒に手出してるって話も本当だったりして……」
「いや、それは嘘だよ。間違いない。城戸先生本人が言ってたから。昨日、城戸先生がやったこと以外は、全部嘘だ。だから、悪いのは俺なんだ。ごめん。いまさら無責任だけど、ごめん」
 夏樹はうつむいていた顔を上げる。今にも壊れてしまいそうな弱々しい瞳でみつめられて、八神は驚いた。
「……今でも、城戸先生のこと、好き?」
 顔をそらすと、再び歩き出した。慌てて自転車を押す。夏樹は一言返した。
「わかんない」
 悪い一面を見たからと言って、掌を返せるほど冷徹ではないということか。
「わかんない、か。うん……俺も、わかんない」
「何が?」
 言葉に詰まる。自分の悪い癖で、視線が夏樹の正反対を向いている。
 今しがた、自分は城戸への中傷を告白した。ならばこの際、「わかんない」の意味するところもきっちりさせておくべきではないか。
「俺、今でもさあちゃんが好きだ」
 八神はおもむろに口を開いた。
「それは、たぶん一生変わらないと思う。でも、夏樹さんのことも大切に思ってる。その好きはまったく別物で、比べられるものじゃないんだ。だっておかしいだろ。違う人間なのに、同じ言葉でくくれるはずがないんだ。だから、夏樹さんをさあちゃんの代わりにしようなんてつもりは、誓ってないよ。俺は死んださあちゃんを心に宿して、生きた夏樹さんと歩きたい」
 ――本当に必要なことは、さあちゃんを忘れることじゃないんだ。さあちゃんを胸にとどめたうえで、新しい生き方を探すことが必要なんだ。さあちゃんがそこにいたという事実を、否定してはいけないんだ。悔やんだり恨んだりするんじゃない、生まれてきてくれてありがとう、一緒にいてくれてありがとうと、感謝する事が大切なんだ。
「それは、もっと単純に言って、愛の告白?」
 八神の心臓に杭が打たれた。夏樹の顔に十字架でも張り付いている気分で、とても目を向けることができない。
「いや……わかんない。たぶん、違う」
「違うのかよ」
 そう言った後、夏樹は噴き出すように笑った。八神もつられて笑う。やっと夏樹のほうを見ることができた。
「ね、八神。また映画撮ろうね」
「ああ」
「絶対だよ。スクリーンの中で、いつまでも若く美しいヒロインでいるんだ」
「今度のヒロインは朱里さんになっちゃうかもね」
「ダメ! ヒロインは私! 名優は脇に置いたほうが話が締まるのよ」
「じゃあそうしようか。……でも黒木がカメラ壊したんだった」
「私が部長から金巻き上げてやろうか」
「それはちょっと……」
 かくして、彼らの第一作は幕を閉じた。しかし、彼らの人生はまだまだ続く。


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